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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)64号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人

楢原由之

被控訴人

永原松蔵

右訴訟代理人

古田渉

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決添付別紙目録記載(一)、(二)の土地(公簿上地目はいずれも畑であるが、現況は主として山林である。以下、この二筆の土地を「本件土地」といい、本件土地のうち山林部分を「本件山林」という。)は、もと控訴人の父である訴外甲野丈助(以下、「丈助」という。)が所有していたことは、当事者間に争なく、〈証拠〉を総合すると、昭和一四年一月八日(当時控訴人は二才位)丈助が死亡して控訴人の兄である訴外甲野豊栄(以下「豊栄」という。)が丈助を相続して本件土地の所有権を取得したが、同人も昭和一六年六月三〇日(当時控訴人は四才位)死亡したため、右同日控訴人がこれを相続して本件土地の所有権を取得し、昭和三九年四月一三日控訴人名義にその所有権移転登記を経由したことが認められる。そして右に認定の事実に弁論の全趣旨を併せ考えれば、昭和四三年一一月中旬頃から翌一二月中旬頃までの間に本件山林に植林されて生育していたカラマツの立木及び自然に生育していたトドマツ、ナラノキ、ザツカバ等の立木はいずれも控訴人の所有であつたものと認めることができる。

二ところで、控訴人は、被控訴人が本件山林に生育していた立木が控訴人の所有であることを知りながら故意に又はそれを知り得たのにかかわらずその確認を怠つた過失によりこれを伐採し控訴人の所有権を侵害し、また、仮に訴外永原木材有限会社(以下、この会社を「永原木材」という。)が本件山林に生育していた立木を伐採したものであるとしても、被控訴人は永原木材の代表取締役であるから、法人の代表機関たる個人としてその責任を免れないと主張し、被控訴人の不法行為責任を追求するので、この点について判断する。

(一)1  〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、昭和一六年頃から北海道苫前郡初山別村において造林、製材、製材の販売・加工等の事業を営んでいたが、昭和三五年一二月一日右個人企業を基盤として永原木材という有限会社を設立し、自ら代表取締役に就任するとともに、被控訴人の弟である訴外永原泰吉が専務取締役(代表権なし)に、被控訴人の息子である訴外永原広志が経理担当の取締役にそれぞれ就任したこと、永原木材の専務取締役である永原泰吉は、代表取締役である被控訴人の包括的な授権に基き後記(二)の(1)ないし(7)のような経緯で永原木材の代表取締役としての被控訴人の名において控訴人の母甲野ソテ(以下「ソテ」という。)から本件山林に生育していた立木を買受けて昭和四三年一一月中旬頃から翌一二月中旬頃にかけてこれを伐採したことが認められる。被控訴人が個人として右立木の伐採をしたことを自白したものと認め得ないことは原判決理由で説示のとおりであり、これを認むべき証拠はない。なお、ソテが控訴人の代理人として右立木を売却したものと認むべき証拠はない。

2  しかしながら、前認定のとおり、被控訴人は永原木材の代表取締役であるから、右立木の伐採をしたのが永原木材であつて被控訴人個人ではないとの一事によつて直ちに被控訴人が個人として控訴人に対して不法行為責任を負うことがないと即断することはできない。蓋し不法行為法のもとでは、法人の代表機関が法人の代表機関としてなした行為は、同時にその者個人の行為としての評価も受けるべきものと解するのが相当であり、当該法人が株式会社の場合であつても理を異にするものではないからである。従つて若し永原木材が本件山林を伐採したことにつき、その代表者たる被控訴人は故意又は過失があつたと認められるときは、被控訴人は個人としても控訴人に対して損害賠償責任を負わなければならないことになる。なお、法人の代表機関は、取締役会による反対の制限がない限り、自己の責任において当該法人の機関であつて代表権を有しない者に当該法人の代表機関としての行為を代行せしめることができるが、その場合右代行者の行為はこれを法人の代表機関の行為と同視するを相当とするから、本件において若し前記永原泰吉に故意又は過失があつたとすれば、被控訴人に故意又は過失があつたとしなければならない。

(二)  そこで本件山林立木の伐採につき被控訴人に故意又は過失があつたかどうかについて判断する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件土地は国鉄羽幌線豊岬駅南方より約二〇〇メートルの踏切を通り東方約三六〇〇メートルの村道を経た地点にあり、村道をはさみ間口(北)平均約二一〇メートル、奥行平均約四五〇メートルの長方形をなしている土地であり、南北を北海道道有林に接している。昭和四三年一一月頃の現況は、本件土地のうち約六ヘクタールが山林及び原野であり、その余は田及び畑となつていたが、右山林及び原野には樹齢約三〇年のカラマツ約三〇〇本、トドマツ約一二〇本、ナラノキ、ザツカバ等の広葉樹約一一〇〇本位が生育していた。

(2) 控訴人は、北海道苫前郡初山別村で農業を営んでいた丈助の次男として出生したが、二才位にして父と死別し、爾来母ソテによつて養育されてきたのであるが、一九才位の昭和三一年頃母ソテを残し姉妹等の反対を押し切つて初山別村を離れて札幌に出て働いていた。その後、控訴人は、昭和三五年頃に横浜に転居し、さらに昭和三九年頃には埼玉県蕨市に居住するようになり、昭和四二年には妻利子と結婚した。

(3) 丈助とソテとの間には控訴人を含めて二人の息子と三人の娘がいたが、昭和一四年には夫丈助が、昭和一六年には長兄豊栄が相次いで死亡したため、その後はソテが娘らの手伝を受けながら農業を営み生計を立て、昭和一七年には、本件山林にカラマツを植林した。ところが、その後娘らは相次いで他家に嫁いでソテの許を離れ、控訴人も前示のとおり初山別村を離れたため、控訴人が本件山林を相続して以降もソテが一人で本件土地内の農地を耕作し、山林を管理していた。

(4) 控訴人は、昭和四三年一月一八日刑事事件で浦和刑務所に勾留されたが、当時控訴人の経営していた訴外北明産業株式会社の借金の返済、刑事事件の裁判の費用や生活費に充てるため妻利子の実家から多額の借金をした。しかし、これでは足らず、家賃、電気料金の支払にも困るような状況にあつた。当時偶々控訴人方に滞在していたソテは、控訴人の妻利子から右のような窮状を訴えられたため、本件山林の立木を売却して金を作り控訴人一家の窮状を救おうと考え、昭和四三年四月頃初山別村に帰つた。そして、ソテは、同月一一日、永原木材を訪れ、永原木材の専務取締役である永原泰吉に対し、控訴人一家の窮状を訴えて、本件山林に生育する立木の買入方を申し入れた。

(5) ところで、永原泰吉は、三十数年間初山別村で兄の被控訴人と共に造材業を営み、ソテとは旧くから面識があり、本件山林は甲野家の持山でこれにカラマツを植林し、管理しているのもソテであるから、本件山林の立木はソテの所有であるものと信じていた。しかし永原泰吉としては、ソテから訴えられた控訴人一家の窮状や立木買受けの申入れは一応真意であると考えたが、ソテが老人でもあることからソテの申入れを鵜呑みにして立木を買受けたりすると後日面倒な事が起りかねないとも思つたので、その場は、ソテの右申入れに応ぜず、同女に対し、子供達と十分相談してくるように言い伝えた。そこで、ソテは初山別村に居住している娘の山田智慧光に本件山林の立木の売却方を相談したところ、同女もこれに同意したので、翌一二日同女とともに永原木材の事務所を訪ね、同事務所において、右永原泰吉に対し、どうしても早急に金五〇万円が必要なので本件山林の立木を金五〇万円で買つて欲しい旨懇請した。

(6) 当時永原木材としては、必ずしも営業状態が良いわけではなかつたが、永原泰吉としては、ソテから窮状を訴えられたため、強くこれを断り切れず、偶々当時永原木材の代表取締役である被控訴人が不在であつたが、ソテの申入れの金五〇万円という当時の相場(原審における鑑定結果によると昭和四四年六月ないし一〇月頃現在の本件山林の立木(但しその頃伐採されたもの)の価格は金三〇万九〇〇〇円である。)と比して決して安くはない価格で買受けることを承諾し、永原木材の事務所で売主をソテ、買主を永原木材の取締役社長永原松蔵とする本件立木売買の契約書(乙第一号証)を作成し、翌一三日ソテにその代金として現金五〇万円を支払つた。永原泰吉は永原木材の専務取締役として、その代表取締役である被控訴人から、右のような形式で右の程度の取引をすることは包括的に委されていた。ソテはその五〇万円をすぐ控訴人の妻利子に送金した。なお、永原泰吉は、右取引にあたり本件土地の登記簿を閲覧して、その所有者を確認することはしなかつた。その後、二、三日して被控訴人が所用を済せて初山別村に戻つたので、永原泰吉は、被控訴人に対し、ソテから本件山林の立木を金五〇万円で買受けた事情を伝えたが、被控訴人としても永原泰吉と同様本件山材の立木がソテの所有であると信じていたので、自らあるいは永原泰吉らをして本件山林の登記簿を閲覧してその所有者を確認することもせずに、永原泰吉のした本件山林の立木の買受けを諒承した。

(7) その後、永原木材は、山田智慧光の夫である訴外山田勇吉の立会のもとに立木を確認し、主要な樹木に刻印したうえ、昭和四三年一一月中旬頃から翌一二月中旬頃にかけてこれを伐採し、そのうちカラマツ等の用材を訴外気仙桶加工株式会社に代金四四万円で売渡し、その余は自社でチツプとして加工した。

(8) 控訴人は、昭和四三年四月か五月頃、浦和刑務所に面会に来た母ソテから本件山林の立木を永原木材に売却したことを知らされたので、これに驚き母ソテに対し、生活費等については何とか捻出するから立木を売却する話を撤回するよう伝えた。そこで、ソテは、昭和四三年七月頃、永原木材に対する本件山林の立木の売却を取消すべく初山別村に戻つたが、永原木材からすでに受取つていた売買代金五〇万円を返還する金もなかつたため、昭和四八年六月に死亡するまでの間、永原木材に控訴人の意向を伝えることもせず、永原木材としても、その間前記山田夫婦や控訴人らから本件山林の立木の売買及び立木の伐採について異議や抗議を受けたことは全くなかつた。なお、控訴人は、遅くとも昭和四六年秋頃には本件土地に行つて見て本件山林立木が永原木材か被控訴人かによつて伐採されたことを知つていたものである。

2  右認定に反する〈誕拠〉は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  控訴人は、被控訴人が本件山林に生育していた立木が控訴人の所有であることを知りながらこれを伐採したものであると主張するが、以上1の(1)ないし(8)に認定の事実関係によれば、前記売買の衝に当つた永原泰吉も被控訴人も本件山林に生育していた立木がソテの所有であり、同女から売買によつてその所有権を有効に取得したものと信じてこれを伐採したものであることが明らかであり、他に控訴人の右主張を認むべき証拠はないから、控訴人の右主張は理由がない。

4  次に、控訴人は、被控訴人が本件山林に生育していた立木が控訴人の所有であることを知らなかつたことに過失があつたと主張するので被控訴人又は前記永原泰吉に右過失があつたか否かを判断するに、前示1の(1)ないし(8)に認定した事実によれば、本件山林は古くから甲野家の所有として控訴人の父である丈助が耕作・管理していたものであるが、昭和一四年に丈助が死亡した後はソテがこれを耕作・管理し、かつ昭和一七年頃にはソテが本件山林にカラマツを植林したものであり、控訴人は長兄豊栄の死亡により昭和一六年に相続により本件山林の所有権を取得したとはいえ、当時まだ幼少であつて学齢にも達していなかつた程であり、昭和三一年頃一九才位でソテの許を離れて爾後は札幌、横浜、埼玉の方に居住していたのであるから、近隣の人々にとつて本件山林の立木がソテの所有であると信じるような事情にあつたものというべく、そのように信じたとしても無理からぬものと認められること、永原木材の専務取締役である永原泰吉は、古くから面識のあるソテから控訴人が事業に失敗し、刑事事件で刑務所に勾留され、家族の生活費に困つているような窮状を訴えられて本件山林の立木を買受けるよう求められたのでこれに同情し、ソテの娘山田智慧光にその事情を確めたうえこれを買受け、伐採するに当つては右山田智慧光の夫山田勇吉の立会を求めて伐採すべき立木を確認したものであること、永原木材が買受けた本件立木の価格は当時の相場に比して決して安くない価格であり、金五〇万円はソテの申入れ価格であること等の諸事情があつたことが認められることからすれば、永原泰吉が本件山林の立木の所有者はソテであると信じてこれを同女から買受け、被控訴人がこれを諒承してこれを伐採したとしてもまことに無理からぬものであつて、これをもつて永原泰吉ないし被控訴人に過失があつたものと認めることができない。もつとも、永原泰吉も被控訴人も、ソテから本件山林の立木を買受けてからこれを伐採するまでの間にその立木が生育する本件土地の登記簿を閲覧してその所有者を確認しなかつたことは前判示のとおりであるが、一般に、山林たる土地の地盤そのものないしはこれに地上立木を含めて取引する場合は格別、山林に生育する立木だけを取引する場合において、その立木を植林しそれを長年管理してきた者を確認する以上に進んで買受人がその立木の生育する山林の登記簿を閲覧してその所有者が誰れであるかまで確めなければ、取引上通常用うべく注意を欠いたものというべきか否かについては疑問の存するところであるが、少くとも本件においては、前認定のような事情のもとにおいて永原泰吉がソテから本件山林に生育する立木を買受けるについて、また被控訴人が右買受を諒承するについて、右立木がソテの所有であると信じたとしても無理からぬ事情があつたものというべきであつて、永原泰吉ないし被控訴人が右買受にあたり本件土地の登記簿を閲覧してその所有者を確認しなかつたとしても、これをもつて被控訴人に過失があつたものと断ずることはできない。

(三)  してみると、被控訴人がソテから本件山林に生育する立木を買受けて伐採するにつき故意又は過失があつたとはいうことができないから、被控訴人の右立木の買受け伐採につき故意又は過失があつたことを前提とする控訴人の本件損害賠償の請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がなく採用することができない。

三以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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